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【10.19住まい分科会】椛木さん(しんぐるまざぁず・ふぉーらむ(会員・当事者))

椛木さん(しんぐるまざぁず・ふぉーらむ(会員・当事者))
 私は「しんぐるまざぁず・ふぉーらむ」の会員で、5年前に離婚し、小2、小4の娘を持つシングルマザー。湯浅誠さんがよく使う言葉に「人間的な溜め」というものがあるが、私の場合「家族の溜め」がない。前夫に借金されようが暴力を振るわれようが、いつでも帰っていいよという実家ではない。離婚から現在に至るまで、親子で4回の引っ越しをした。
 1度目の引っ越しは離婚のための別居で、2003年3月に家付きの仕事を探し親子で引っ越しをした。雇い主は事情を理解していたにも関わらず、こちらに非がないのに2ヶ月で解雇された。当然寮はでなければならず、2003年5月に急いで2度目の引っ越しをすることになった。当時は地方にいて、部屋探しもしたがなかなか見つからなくて、東京に友人がいたので東京に引っ越しをすることにした。時間もなかったので引っ越し業者に4日後に荷物が届くプランを契約してそのまま上京し、その間に何軒も不動産屋を探すという方法だった。その際、不動産業者から保証人は40歳過ぎの男性の方がいいんですよねとか、子連れだと2DK以上の物件がいいとか言われた。
 2004年1月に3度目の引っ越しをした。仕事の無理がたたって病気になり、生活保護を申請した。家賃が生活保護の住宅扶助以上だったのでそこは出てもらわねばならないと区から指導され、半ば強制的に引っ越しをさせられて、同じ区内の母子生活支援施設に入った。苦労してやっと借りたアパートを強制的に出ていかなくてはならないうえに、行きたくなかった母子生活支援施設、通称母子寮に見学や医者の検査までさせられ、気が進まないという意思も無視されて入所が決まった。入所理由としてケースワーカーから言われたことは、生活保護を受けることと、住宅扶助以下の物件に引っ越してもいいが自分では探せないでしょ、ということだった。確かに当時の自分には土地勘も判断力もなかったので、仕方なくそこに入った。
 その後、休職して病気から回復したので、母子寮から出て民間のアパートを借りたいとケースワーカーに相談したが、都営住宅はいいが民間アパートはだめと言われた。ずっとここにいなければならないの?と思い、こんなところにはずっといたくないと思った。都営住宅に応募したけれども、あっさり落ちてしまった。このまま一生出られない気がしたので、民間のアパートを自力で契約して2004年8月に出た。これが4回目の引っ越しで、現在にいたっている。
 後から調べて分かったことだが、ケースワーカーからの指導は本当は自分たちの都合がいいように言っていただけだった。民間のアパートを借りてはいけないのではなくて、他の区に移るとケースワーカーが他区におうかがいを立てるのが嫌だっただけだし、どうしても母子寮に入らなければならないといったわけではなかった。知識がなかったことで、大分損をしたと今は感じている。
 母子寮といってもどういうところか分からないかと思うので、簡単に説明をする。外観は、門がとても広く、鉄でできた大きな門構えで、学校や児童館といったつくり。玄関を入ると職員が机を置く事務所のような詰所があり、玄関の出入り時間も監視され、郵便物の受け取りもそこで行うためプライベートはない。各部屋には呼び出し専用の電話機があるだけで、発信はできない。お風呂はなくて各部屋に簡単なキッチンとトイレが付いている。門限は22時で銭湯などでぎりぎりになると鉄格子の門が閉まってしまって、中に電話しないと入れてもらえない。シャワー室は1つだけあるが申告記入制で、45分以内にシャワー室の掃除を終え、室内のしずくをすべてふき取って出なければいけないというシステムだったので、ほとんど利用しなかった。
 強制的に引越しをさせられたせいで、子供の保育園の距離が2倍になるなど、銭湯通いや買い物などでいつも門限ぎりぎりで帰らなければならず、私にとってはつらい時期だった。
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